売木村山村留学センター
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売木村の山村留学ブログ

5月2日から4日

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掃除や洗濯が終わった5月2日(木)の夜8時20分頃から、翌日の味噌作りに備え、材料の乾燥大豆20kgを厨房で洗いました。ザルに入れた大豆を、水をはったボールの中でガシャガシャ洗い、水を替え、汚れを取り除きました。泡立ったり、水が黒く汚れたりして、驚く子も。
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3つのシンクを使い、9人でかわりばんこに洗った大豆は、外倉庫に設置した たっぷりと水を張った2つの樽の中へ。上質な大豆で、変色しているものなどが少なかったので、30分ほどで終了。

5月3日(金) 一晩水に浸しておいた大豆は、丸から楕円形になり、膨張していました。それをドラム缶蒸かし機に移し、朝から蒸かし始めました。朝食後、活動ミーティングが始まるまでの間、学園生たちも様子を見たり、薪をくべてみたり。
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10時過ぎから味噌作り開始。現在、学園生たちが毎日口にしている味噌は、3年前の学園生たちによって作られたもの。そして、この日仕込む味噌は、2~3年後の山村留学生のために作ることになります。まず、今 食べている味噌と一年前に仕込んだ味噌を、見比べたり食べ比べたりすることに。興味津々の子どもたち。色の違いや、味や香りの違いから、1年の熟成ではまだまだということがよくわかった様。そこで、一年味噌の樽の上下部分の熟成具合や水分を均一にしたり、発酵を促して味と香りをよくしたり色合いを促進したりするために、”天地返し”をすることにしました。
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9人が2チームにわかれ、2台の味噌すり機をフル稼働。樽から味噌を取り出し漏斗状の部分に入れる・それを棒で下部へ送り込む・味噌すり機が動かないよう足で押さえる・ハンドルを回す・ミンチ状になって出てくる味噌をバットで受けるなど役割を分担し、交代しながら進めていくことに。
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昨年度も、乾燥大豆約20kgに米麹約14kg、8kgくらいの塩を材料として、2つの味噌樽に仕込んだわけですが、蒸かした大豆や、硬さを調整するために入れたアメ(煮汁)の分、できあがった量は、材料の重量よりもうんと増えています。だから、一生懸命作業をしても、進捗状況がわかりにくいのです。均一に熟成されたおいしい味噌にするために必要な作業だとわかってはいても、なかなか味噌樽の底が見えてこないので、この作業が永遠に続くのではないかという気持ちになった子たちも。中には、全身を使ってハンドルを力いっぱい回す子もいました!
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そのうえ、毎年 天地返しをしている途中で、ミンチ状になって出てくる穴に味噌が詰まりほとんど出てこなくなります。今年もそうでした。詰まりを改善するための細かい作業をしている間に、ぼけーっとしたり、きついものの言い方をしたりする子たちがいて、全体の士気が下がった時もありました。それでも、少しずつ天地返しは進み、味噌すり機にかけられた味噌は再び樽へ。午後1時を回り、終わりが見えてくると、もう一踏ん張り。開始から3時間ほどかかって、天地返し 終了。
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少し遅めの昼食をとった後、活動再開。子どもたちが天地返しに奮闘していた間に、昔 岩倉地区の組合で使っていたというドラム缶蒸かし機で蒸かしていた大豆は、指で簡単に潰せるくらいの軟らかさになっていました。いよいよ37期の味噌仕込み! まずは、蒸かし大豆を味噌すり機にかけていく作業。
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天地返しをした2チームにわかれ、幾つかある役割を交代しながら、どんどん大豆を潰していきました。大豆・麹・塩が混ざった味噌よりも、蒸かし大豆だけを味噌すり機にかける方が、穴に詰まらず出てくるので、捗りました! 漏斗状の部分に蒸かし大豆を入れるタイミングがわかるとさらに作業速度があがり、潰された大豆がスパゲティー状になって出てくる様子を面白がりながら、2チームとも、連係してさくさくと作業。
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1時間ほどで全てを味噌すり機にかけられたら、ドラム缶蒸かし機や味噌すり機をざっと片づけ。
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次は、粗熱をとるために倉庫の中の台上に広げておいた潰した大豆に、”塩きり麹”を混ぜる工程。時間が押していたので、指導員が14kgの米麹に7.6kgの塩を均等になるよう混ぜて”塩きり麹”を作り、大豆にまぶすところまでを担いました。子どもたちは、それを攪拌。麹は高価なのでこぼさないよう慎重にかき混ぜなければなりません。
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全員で台の周りを囲み、懸命に大豆と塩きり麹を混ぜます。しかし、容易なことではなく、潰した大豆の重さににっちもさっちもいかず。20分くらいただひたすら、時には場所替えもしながら、材料を下から持ち上げるようにしたり、押しつけたり、向こう側へやったりと、できるだけ均質になるよう必死で混ぜ合わせていきました。
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時間は午後4時を回り、いよいよ味噌仕込みも終局を迎えました。だいたいむらなく一様に混ぜられた材料をソフトボールくらいの大きさに、空気を抜きながら丸めます。
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とても大きい球状に丸める子もいれば、小さく丸める子もおり、どんどん丸めていく子もいれば、ひとつをいつまでも丸め続けている子もいました。
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それから、ビニール袋を敷いた2つの樽に、丸めたものを思い切り叩きつけるように入れていきました。
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空気を抜くためですが、面白がって投げ入れる割には、非力な様でした…。硬かったので、大豆の煮汁(アメ)も加えて混ぜていき、表面を均しました。
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カビ防止策として500gほどの塩で蓋をし、中蓋の上に重石をして、蓋をした重たい味噌樽を数人で力を合わせて倉庫へ運搬。
最後に、作業に使ったものを洗ったり、倉庫の掃除をしたりして、きれいに片づけると、とっくに午後5時を回っていました。2~3年後の山村留学生においしく食べてもらいたいと思いながら、一生懸命 作業をした子どもたち。心地よい疲労感を味わうとともに、日本人の食生活に欠かせない味噌の作り方や、先人の知恵や工夫を知ることができた一日となりました。
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5月4日(土)の朝、20分ほど使って、味噌樽に被せるカバー作り。2樽に仕込んだので、2枚の大きな紙に”37期”と記し、味噌を作った自分たちの名前や材料の分量、製造年月日などを書きました!
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お昼ごろ、カバーを持って倉庫へ行き、味噌樽に被せました。
比較的 温度変化の少ない倉庫の中で、37期の味噌を熟成させていきます。そして、1年後には天地返しをし、ふた夏越したら食べ頃になる予定。倉庫には、34期から37期の味噌樽が並びました!

19/05/10

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